ある意味「嫌なヤツ」

最近、NHKスペシャル「変革の世紀」という番組を見た。そこで言われていたことは、今後はピラミッド型組織からネットワーク型組織へと変化していくだろう、ということ。そして、ゆるやかな組織という枠の中で個人が集まって必要に応じて自発的にプロジェクトが立ち上がり、終われば解散して再び別のプロジェクトに参加していく、というスタイルであった。

本当にそれがうまくいけば素晴らしいことだと思ったが、現実問題を考えるとなかなか簡単にはいかない。

これまでもいくつか「プロジェクト」に参加したが、十人十色のカラフルな人間が集まっている状況ではまず各々のモチベーションの維持が問題になる。参加メンバーそれぞれが自分の役割を強く意識していなければ、「プロジェクト」はすぐに破綻をきたす。

いや、すぐに破綻をきたしうるところにこそ「プロジェクト」の良さがあるような気がする。

従来の組織の中には、組織であるという理由だけで破綻を免れている例も見受けられる。数百億円もの赤字を垂れ流しながら存続が許されるというのはよくよく考えてみると不思議なものだ。まずければ淘汰され、まずくなければ生き残る。淘汰されるコストがあまりに高ければ、する方もされる方も及び腰にならざるをえない。

「プロジェクト」は作るのも壊すのも簡単で、しかもその結束はカネではなく人のモチベーションに依るところが大きいから、これまでとは順番が逆になる。すなわち、縁の切れ目がカネの切れ目、である。

簡単にはいかないのが、カネである。番組で紹介されていた事例では、世界各国のメンバーがネット上で議論を交わしながら研究を進めていくのだが、疑問に思ったのは各メンバーの報酬はいったい誰がどのように決めるか、ということだった。そして、誰もが納得するような金額に落ち着きうるのだろうか。

2月に参加した「プロジェクト」では、報酬は定量的な仕事量と定性的な貢献度に応じて支払われた。個人的にはその金額は満足だったが、不満が残ったメンバーもいたに違いない。金額を決定した人間は、「プロジェクト」のリーダーだったのだが、詰まるところこの人間に対して上手にアピールできれば高い報酬が得られることになる。仕事はできるのにアピールや交渉が下手な「いい人」は生き残ることができない。

いかに相手に不快を感じさせずにガッポリもらうかという技術が知らず知らずのうちに身につく。会社の中で人間関係に気をもんでも給料は増えないが、「プロジェクト」の中ではそれが大きなカギになる。

ある意味「嫌なヤツ」にならないとやっていけないのかも知れない。


バーチャルだけで仕事ができるか?


ちなみに、2月の「プロジェクト」は残念ながら破綻プロジェクトでした。書籍は出版されることはなく、リーダーはメンバーに支払いっぱなし。やっぱり人数が多すぎましたかね。リーダーの思いがメンバーにきちんと伝わってなかったみたいだし。でもまぁ、「プロジェクト」がこけたところで引責辞任や債権放棄があるわけでもなく、実にあっさりと「次、行こ、次!」という感じで新しい「プロジェクト」を立ち上げ続けるリーダーは尊敬に値します。