苦労とは何か?


成毛はインタビュー中、「飽きたから」「ミーハーだから」「楽しいことをやりたいから」といった言葉を何度も使った。これが1年前まであのマイクロソフトを率いてきた人の口から出るものかと思うほど、言葉が軽い。とらえどころがない。こう言ってのける。

「生まれてから1回の挫折もないし、1回の苦労もない。ホントに何もないなあ。ただひたすら楽しかった。高校時代も楽しかったし、いまも楽しいなあ。いい家庭があって、収入が高くて、病気にもならない。考えてみると、僕ってけっこうイヤなヤツですねえ(笑)」

社長就任の日にかつての上司のクビを切った男。苛烈で容赦のないビジネス戦略で知られたマイクロソフトで辣腕をふるったやり手。ウィンドウズで日本のパソコン業界の尻を思いっきりひっぱたいた剛腕の持ち主──それが、我々の目の前にいる人物とは、一見、どうしても結びつかなかった。

週刊ディアス 2001年7月30日号 p.68
成毛真氏(株式会社インスパイア代表取締役社長)インタビュー


苦労や努力は結果が出て初めて報われるものであって、結果が出ない限りは、同情はしてもらえても称賛は得られない。もちろん、称賛を得るために骨を折るわけではない。そもそも苦労や努力をしたからと言ってそれが必ず報われるという保証はない。「あれだけ努力したのに成功しないなんておかしい」と憤る人はたちが悪い。自分のためではなく名誉のために奔走する傾向がある。

自分がやりたいことをやりたいようにやって、それが結果に結びついたとき、そのプロセスにおいて困難な状況があれば、本人がそれをどう思っていようと「苦労」と呼ばれたりする。「苦労」という言葉自体はのちのちの美談のためにある言葉だと思う。自分では何とも思っていなくても、人から見たら十分「苦労」ということはよくある。挫折にしても、それを挫折だと認めない限り挫折することはない。

成功の裏には必ず苦労がある、と人は思いたいものらしい。


どう考えるかで決まる
だまされてみる
知らぬが仏