やっぱり、ほめられたい?


マタニティ・ブルーという言葉がある。妊娠期間を経て子供を産んだあと、虚脱感に襲われるというものだ。いまの私の精神状態は、それに似ていた。(…中略…)

子供がお菓子をねだるように、私はねぎらいの言葉を渇望していた。

この何ヶ月もの頑張りを、誰かにたった一言でいいから「よくやった」と言ってもらいたかった。劣等生の子供が、一生懸命に勉強してやっと取った点数。優等生と比べれば鼻もひっかけられない数字でも、いや、そういう数字であればあるほど、近くにいる誰かの「でもよくやったね」という言葉を、気持ちの上でねだっていた。


今まで歯牙にもかけられなかった人が、ちょっとしたきっかけで俄然注目を浴びるようになることがある。そのきっかけは、ネームバリューのある人からのイチオシや名誉ある受賞など、とにかく他人の評価である。

自分では「いい!」と思っているのに何で世間は認めてくれないんだろう? という状態は「井の中の蛙」に過ぎないのかも知れない。でも逆に世間の方こそ「井の中の蛙」たちで、自分だけが「井の外」にいるということも考えられる。そうだとすれば他人の評価などどれほどの価値があるのだろう。

常に「持ち上げる」材料が必要とされている。あちこちで「今後の活躍から目が離せない」なんて紹介されておきながら、今やすっかり「ノーマーク」になった人がどれだけいることか。

評価基準を外に求めるから一喜一憂を繰り返す。


認めてもらう on and ahead